地震とナツメ球の関係

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ナツメ電球の思い出

最近、震度6以上の地震が日本だけでなく世界各国で発生していて、メキシコ大地震や東日本大震災を経験した身としては天変地異的な、ただならぬ異変が起きているのではと心配することがあります。

普段、部屋に他人がいない時は蛍光灯を点けずにナツメ球(ベビー電球)だけを点けているのですが、それをボーっと見つめていたら、メキシコに住んでいた頃の話を思い出しました。

友達のお父さんがメキシコの日立に勤めていて、ある日そのおじさんに蛍光灯にするメリットやグロー管の仕組みを聞いていた延長で「日本の蛍光灯の、あの小さいオレンジの豆電球の意味がわからないw」と小馬鹿にしたところ、「(ケイノス)ちゃんは地震を経験していないからわからないかもしれないね。日本は地震が多いから、夜中に起きた時でも物が見えるようにあるんだよ。(群発地震の時など)いつ大きい地震がくるかわからない時に、部屋が狭くて物が多い日本の家では真っ暗だと逃げるのに危険だから、寝起きの光としては十分で電気代も安くすむように設計された日本ならではの技術と工夫なんだよ」と説明してくれました。

加えて、関東大震災の時に、それが原因で火災が多く発生したことへの反省の一貫であるとも説明してくれたのですが、地震を経験したことのない当時の私には関心しつつも他人事のように感じていたのでした。

その数年後にメキシコ大地震が来て、ライフラインがストップしたり安否確認のため公衆電話が数年間無料になるなど、地震の恐ろしさを体験したのですが、数ヶ月に渡る余震が続くなかナツメ球の習慣がないメキシコでは皆が各々懐中電灯を枕元に置いてはいたものの、グラリと来ると「メガネ、メガネ」的に懐中電灯を探しては、そのナツメ球の話を思い出していました。

ナツメ球の出会いは、幼いころ日本に遊びに来た時に泊まる母の実家の部屋でした。暖かいメキシコには無い羽毛布団に入り、「おやすみ」と祖母が電気を消してくれる際、いつもナツメ球を点けっぱなしにするものだから、目が慣れてきて部屋の隅々まで見えるようになると、ボンボン時計の時報や秒針の音、鈴虫の音、天井の木目などが、何か神々しいというかメキシコにはない重圧感と安心感と不安感といった矛盾が入り混じった感覚がありました。当時は真っ暗でないと寝付けなかったので、なぜ点けっぱなしにするんだろう、と。遊びに行くたびに思っていたのです。

それから十数年経ち、メキシコ地震と同等かそれ以上の地震が ほぼ毎年ある日本で生活して、地震の耐性は出来たもののナツメ球が付いているのを見ていると安心するのは、そういった事から来ているのかもなぁと感じているのでした。


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